京浜兄弟社



「京浜兄弟社って近江兄弟社の関連会社?」とボケるまでもなく、関西ではそれが何たるかは、長年神秘のヴェールに包まれていた「京浜兄弟社」なる存在。つい最近まで岸野雄一のクレジットの後にはずっと、この名称が記されいた(しかも社長として)。それを見るにつけ「そーゆーバンドがあんのかな」と首をひねっていた私が、京浜兄弟社が実は単なる仲良しグループの名前であり、はたまた、多方向に突出した才能ある作家集団であったことを知ったのは、つい最近のことであった――。

というわけで、常盤響を筆頭に、山口優、蓮実重臣、ゲイリー芦屋など、京浜出身者のめざましい活躍もあって、ここ最近イッキに若い世代からの再評価が高まっている?京浜兄弟社。何はさておき、岸野雄一を学ぶ上ではハズせぬ基礎予備知識だ。

(文責:Super! 編集部 / "Super!" Vol.11 岸野雄一特集号より転載)

●ファンクラブをメンバーが乗っ取って…
「東京ニューウェイブの頃かな。僕が加藤賢崇とかとやっていた東京タワーズ(*1)っていうバンドがあって、そのファンクラブを常盤響(*2)がやってたのね。まだ彼が高校一年生ぐらいの頃かな。そのファンクラブの名前が“京浜兄弟社”で“京浜通信(*3)”って会報誌を作ってきたの。で、“どれどれ”って見せて貰ったら、これがすごく面白くて。みんな自分でやりたくなって、結局、自分達が一番熱心に作るようになった。つまりファンクラブをメンバー達が乗っ取ったっていう(笑)。それからは仲良しグループ(*4)みたいな感じで。同じような志向をもった人達が自然と集まってきて。」

「元々はみんな、集団でなにかやるのが嫌いで、学校でもサークルとかになじめないで、なんかやってたら自然に集まった感じ。でも、誰がメンバーで、とかは一切なくて。京浜関係者ばっかりで中心がないの、ドーナツ化現象の集団(笑)。そのうち、いくつものバンドが生まれて、イベントとかライヴとかを企画するようになって。みんなデザインとか評論とか、早くから仕事やってたし、クリエイターの集まりみたいな感じにもなってきて。一時期は実際に会社にもなったんだけど、今は法的には京浜兄弟社ってものは消滅して『マニュアル・オブ・エラーズ(*5)』が業務的なことを受け継いだ感じ。僕自身もここ2年ぐらい、京浜兄弟社の肩書きは使ってないんだけど、今でも仲良しグループとしての京浜的なものは残ってるんじゃないかな。」

●「京浜的」なるもの
「昔からジャンル分けで音楽きいてなかったから、結局それを実践しただけなんですよ。ただ、例えば高校時代でも、みんなロック聴いてて、そんな中にCMソング集とか持って行くと、やっぱりバカにされる訳で。そういうのに対して、“この曲は君たちが聴いてるロックよりも、よっぽどロック的なんだ。君たちが聴いているのはロックのアレンジがされた音楽なんだ”っていう思いは常々ありましたね。みんなムードミュージックとしてしかロックを聴いてなかったわけで。形式の話でしょって。でも幸い、京浜関係とか周りの人間は、歌謡曲の中で今でいうソフトロック的なものを見出したり、“じゃあこのアレンジャーの他の曲も聴いてみたいね”とか、自分と近い聴き方をする人が多かったから。特に変わった聞き方をしてるって自覚もなかったんだけど。」

「『モンド・ミュージック』(*6)が出て、ちょっとしたモンドブームみたいなのが起こって、僕らがしたことは結局、レコード屋に新たに“モンド・ミュージック”のカテゴリーを作ったことだったのか――、みたいな思いは全くなくはないけど。でも、それまでは送り手側の“俺達はロックをやる、ロックとして聴いてくれ”っていう流通だったものが、あれ以降、“聴き手がジャンルを作っていく”という、聴き手が主体を確立するための突破口――、まあ針で穴を開けたぐらいかな? ぐらいにはなったと思う。僕らが昔、マニュエラのミニコミ(*7)で紹介してたようなものが、CDリストにされて“オシャレ”みたいになってても、そこは大らかな気持ちで(笑)。聴きたい人に届く機会が確実に増えたわけだし、それで聴く耳をもった人がいれば、オシャレがどうとか関係なく、同じ気持ちで聴いて貰えるだろうから。」


*1.あの加藤賢崇もいた伝説のバンド。岸野さんは「ロキシーミュージックにおけるイーノ役」ってことで、キーボード担当。
*2.皆さんご存じ。ステレオ・ラブ、エルマロのCDジャケはじめ多方面で活躍中の今をときめくデザイナーであり、レコードの達人?
*3.これが東京タワーズのファンジンにして、京浜兄弟社の歴史が刻まれた『京浜通信』。岸野社長近影と共に社主新春インタビューが掲載されるなど、社内会報色もあり。「秘宝大特集」「両替大特集」など特集記事も充実。
*4.ほんと話をきいてると、ノリ自体は京都の私達の周りとたいして変わらない感じで親しみ沸きました。たぶん東京でも限りなくローカルの産物なのでは。
*5.高円寺にあるレコードショップ。京浜関係の総本山的サロンとしてスタートし、93年2月に法人化。「世界の大事故(天災=天災?)」「男性の好きなレコード」など、ジャンル分けを逆手にとったようなジャンル提案で知られる。そして週末の晩には一階の小さなカフェが「マニュエラカフェ」に変身、様々なイベントが催されるなどのトータリーな展開。こんな店、京都にも欲しい!ちなみに店名は“失敗の中にしか真実はなく、それを得る方法はない”とのアイロニー的言葉とか。
*6.ご存じ、モンド・ミュージック・ガイド本。
*7.マニュエラ。先の『京浜通信』が平成4年秋に季刊フリーペーパー『マニュエラ』として刷新。80年代の当時から、ひばりホラーやソフトロック歌謡など、今でいうモンド的なレコードや本を独自の視点で面白がって紹介していた事実には驚かされる。デザインはもちろん常盤響さん。



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